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更年期情報
変わりつつある更年期のとらえ方
― 更年期障害から更年期以後も健康に ―
更年期と加齢のヘルスケア学会
理事長 小山嵩夫*
はじめに
日本女性医学学会の基礎となった産婦人科更年期研究会が発足して約30年が経過した。この間わが国のこの領域のトピックスは更年期障害、骨粗鬆症、ホルモン補充療法、女性外来などでありこれらのテーマが30年間繰り返し、いろいろな角度から検討されてきたといっても過言ではない。その理由としては会員の90%近くが婦人科医であること、わが国の臨床は治療医学に限られており更年期世代では更年期障害、骨粗鬆症が取り組みやすいことなどが挙げられる。ホルモン補充療法は毎年の様に多くの角度から取り上げられているが、この30年間わが国ではほとんど普及しておらず(普及率は対象人口の2%前後といわれている)、またわが国の女性のデータはあまりなく、討論も常に欧米の文献を中心とした議論となっている。女性外来も20年程前は多くの会員の関心を集めたが現在は関心をもつ会員もそれ程多くはなく、女性外来の医療経営的な問題もあり、10年、20年前に比べ話題にのぼる頻度も大幅に低下している。
4年前(2011年)に日本更年期医学会から日本女性医学学会と名称が変更され女性を総合的に診る、ヘルスケアも重視するなどの姿勢が打ち出されてきてはいるが、臨床面では健康増進などはほとんど行なわれておらず、相変わらず疾患の予防、治療が中心である。
欧米先進国では医療制度の違いもあり、疾患の治療のみならず、健康増進などヘルスケア的な領域も発展してきている。この流れは臨床面は別として学問的には非常に多くの情報、データが海外からわが国にも流入してきている。更年期と加齢のヘルスケア学会は会員の3分の2はコメディカルの人達であり、この方面への関心も高くこれまでもヘルスケアのテーマで学会でも何度も取り上げられている1)2)3)。最近の更年期のとらえ方についてこれらの点をふまえて述べてみたい。
1.更年期即ち更年期障害から卒業を
更年期に関心を持っている医療関係者はこの様な固定概念は流石に少ないと思われるが、更年期に関心のない医療関係者、国民の大部分は相変わらずこの概念を持っているのが現状であろう。更年期は更年期障害だけでなく生活習慣病の発症しやすい時期でもあり、生涯健康に過ごすためのいろいろな工夫を始める時期でもあることを国民に啓発していくことは重要である。
2.更年期こそは臓器別よりも全身からの視点が重要
50歳を迎えた女性は90歳過ぎまで生きるとされており、40年余りをいかに元気に過ごすかに更年期世代の関心は集まっている。しかし50歳前後は閉経の年頃でもありいわゆる不定愁訴が出現しやすい。めまい、動悸、湿疹が出やすい、気力の低下、胃のもたれなど多方面にわたり、臨床的には把握しづらい。50歳前後であればそのほとんどは自律神経の乱れによる更年期障害(又は症状)であることが多い。しかしわが国の多くの医療機関では臓器の病気を否定するために血液検査をはじめとして頭のMRI、心臓検査、アレルギー検査、内視鏡検査などを実施し対症療法の薬で数ヵ月位は様子をみていることが多い。癌などをはじめいずれも数1,000例に1例位の疾患の発見を対象としているので、それ程遭遇するわけでもなく、たいていは大した所見は得られずそのうち症状も軽くなっていくパターンが多い。これらの対応については教科書的ではあるが更年期症状の場合は無駄が多く、結果が出るまでの1~2ヵ月間は不安もあり適切な対応とはいい難い。自律神経失調症は一般的な内臓系の検査では異常を示すことはほとんどなく内臓の検査自体が不必要ともいえる。むしろ初診時に話を十分に聞いて血中ホルモン値などを測定し、更年期の治療を行なえば1~2週間位で改善がみられることが多い。数1,000例に1例位の重大な疾患の鑑別は2週間位の更年期の治療に反応しない場合に実施すればよいであろう。胃症状に胃剤、動悸などに不整脈の薬、不眠に睡眠薬、湿疹などにアレルギー剤などは対症療法の典型であり、更年期が原因の場合は診断を遅らせるだけであり、できるだけ避けたい4)5)。
3.ホルモン補充療法も議論から実践へ
ホルモン補充療法(HRT)もここ30年間わが国の更年期医学の中で常に中心的テーマであり、一般の更年期女性の間でも比較的関心のあったテーマといえる6)。しかし普及率はこの30年間微増程度で更年期女性では受けていない人がほとんどである。服用者がほとんどいないため、学会では日本人の臨床データは相変わらずほとんどなく、欧米のデータを基にこの30年間討論を重ねている現状がある。
わが国では副作用に対する反応が厳しく、HRTに対しても欧米に比べ適応が厳格である。HRTといえば乳がんと血栓症が副作用の代表といえるがわが国の女性の統計的なデータは非常に少ない。一般女性で乳がんが年間に1,000人に1人、静脈血栓症で1万人で数人位といわれており、HRTで2倍になったところで、日常臨床で気づく程の増加にはならない。血栓症を例にとると学会および文献的(すべて欧米)によく取り上げられているので、血栓症が発症しやすい様な症例(高齢、高度肥満、高血圧、糖尿病傾向、喫煙者、心臓病など)にはわが国ではHRTはあまり行なわれていないと思われHRT投与中の血栓症発症の報告は非常に少ない。わが国の女性のHRTと血栓症例が統計処理できる程集まれば人種的な体質の問題、投与症例の適応の厳しさなどから欧米の報告に比べ発症率はかなり少なくなることが予想される。
更年期関係の学会の発表でも副作用についての討論が多く、HRTは面倒、難しいなどの意識をもつ医療関係者は多い。欧米諸国の普及率20%~40%と比べて、わが国の2%前後は異常に低く、HRTのメリットを前面に押出す様な方向転換をしない限りはHRTは学会での討論の域を出ないであろう。
4.治療一辺倒から健康増進へ
昭和30年代に現在の健康保険制度が実施され、50年以上が経過し、国民の要望も疾患の治療から、予防、健康増進にも関心が広がっている。国民が健康に生涯を過ごすためには、健康増進は重要であり、すべての人々は理解を示している。しかし、わが国の医療機関の99%以上が健康保険制度のもとで医療を行っており、この制度は健康増進を原則禁止している。この制度のもと、今年度も40兆円以上の予算が治療を中心に組まれており、このシステムを急に変えることは非常に難しい。我が国の検査(ドックも含む)は、すべて病気の発見のための検査であり、健康の程度を評価する検査は非常に少ない。国民は長年の健康保険制度による医療に慣れており、実際に不都合を感じている疾患に対する治療への評価は高くても、現実に困っていないことがら、即ちより元気で生き生きとなどに対しては、概念的には理解していても評価は低い。医療関係者については、疾患の治療については支払基金から70%の費用の給付が得られるが、健康増進については、保険の対象外であり、全額利用者負担である。この様な環境の中で、健康増進を実施するのは非常に困難であり、わが国の医療機関で実施しているところは非常に少ない。しかし、欧米からの多くの文献により、この領域の重要性は理解しており、学会などでは、会員への啓発活動として、これらのテーマはしばしば取り上げている7)8)。
健康増進が普及すれば、当然国民全体の医療費は少なくなることが予想され、余裕のできた医療費を健康増進にあてればという意見もあるが実現は難しい。健康増進を自費でという考え方もあるが、国民の多くは、医療は保険でと考えており、受診者は非常に少ないと思われる。高齢社会を迎え、高齢者の医療費は増加を続けており、制度的にも現状維持が難しいともいわれている。これらを打開する1つの方法として、更年期世代からの健康増進を考えることは重要である。
5.ヘルスケアの実践とコメディカル
看護師、助産師、保健師、薬剤師、栄養士、鍼灸師、運動療法士などコメディカルの人達はヘルスケアの領域への関心が深いし、また現実に実務として参加していることも多い9)10)。現在の健康保険による医療では医療行為は原則としてすべて医師からの指示、指導のもとに行なわれており、診察、検査、処置、手術、投薬などで忙しく時間的な余裕はあまりない。ましてやヘルスケアなど健康保険がカバーしていない領域に関心を向ける医師は少ない。医師が関心を向けない、医療制度がカバーしないからといってこれらの領域は重要でないわけではない。また保険内の診療がどうかなどに、医師ほど気を遣う必要のないコメディカルの人達が現在可能な範囲でこの領域に積極的に参加することも今後健康増進が注目される1つの切っ掛けとなろう。
おわりに
更年期はその後の40年余りの健康を考えるよい時期であるが、わが国では、更年期障害が目立っており、症状が多い人は、その対応に振り回された数年から10年近くを過ごすことも多い。症状のない人は老年期の健康を考える最適の時期という意識もなく、病気の発見のための検査を年に1回位繰り返し、本格的な老年期に入っていくことが多い。更年期はその後も40年間余り生きるわけであり原則としていわゆるわが国の病気の発見を目的としたドックではその後の長期的な元気さに貢献する様なデータが得られることは少ない。目先の症状、その症状を押さえる対症療法の薬、検査結果の些細な異常などに振りまわされることなく長期的な健康維持のための工夫をする時代に入ってきていると思われる。
【文献】
1)小山嵩夫:更年期と加齢のヘルスケア,更年期と加齢のヘルスケア1:45-50,2002.
2)河端恵美子:更年期女性の医療および健康管理への提言-更年期を取り巻く問題と分析から-,日本更年期医学会雑誌9:163-167,2001.
3)三羽良枝,大木真紀子,岡安伊津子ら:更年期医療に望むこと.日本更年期医学会雑誌7:46-54,1999
4)小山嵩夫:更年期障害への多剤投与を考える.更年期と加齢のヘルスケア6:274-276,2007
5)小山嵩夫:更年期女性と医療経済.更年期と加齢のヘルスケア5:300-301,2006
6)岡野浩哉:わが国におけるホルモン補充療法の現状と今後の方向性-特に当学会の期待されること-更年期と加齢のヘルスケア12:24-31,2013
7)小山嵩夫:更年期からのヘルスケア-健康管理,健康増進について-,更年期と加齢のヘルスケア11:9-13,2012
8)小山嵩夫,水沼英樹,三羽良枝,河端恵美子,今村定臣:中高年女性のヘルスケア,医療の現状と問題点.更年期と加齢のヘルスケア7:221-250,2008
9)高橋真理:更年期からのヘルスケア,コメディカルに期待されていることは.更年期と加齢のヘルスケア7:65-73,2008
10)河端恵美子:更年期相談室の現状と課題,更年期と加齢のヘルスケア9:103-114,2010